シェルター ממ"ד

いタクシーに四人で乗り込み,三時間かけて到着したイスラエル北部の街アッコは雲一つない晴天だった.アッコは地中海に面した古くから栄える港町である.疎らに立つヤシの木は海からの清々しい風で揺れ,その先には砂で汚れた地面と石造りの低い建物が見える.イスラム教徒の多く住む土地らしく,いくつかのモスクも見て取れる.

 

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アッコの街並み.奥にうっすら見えるのがハイファ.

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モスクの多さに驚く.

 

俺が職場をサボってアッコに遊びに来たのは,俺に給与を支払っている政府の機関からの招待があったからだ.サボりといってもこの日は偶然俺の研究所も休みとなっていた.なんでもガザ地区からのロケット弾が研究所付近に飛んでくる可能性があるかららしい.このタイプのロケット弾は局地的な被害しか及ぼさないので,そもそも射程圏外のイスラエル北部で観光するのは理にかなっている.案の定アッコに着いてみれば心配面を晒してロケット弾がどうこう言っているのは外国人の俺たちだけであった.

 

服した街をなぜか地中に埋めてしまう中東人の性質により,アッコという街は地下に向かって数層でできている.現在最下層に埋まる十字軍の街はほぼ発掘され一般公開されている.壁には文字の書けない巡礼者たちが刻んだ記号が残され,俺は歴史の重みを感じた.一つ上層にはマムルーク朝と呼ばれるイスラム王朝が埋まっているが,こちらは発掘中だ.この発掘の責任者が今回俺たちのガイドだったため,こちらも見学できてツイていた.

 

地上に出て旧市街のこみ入った細い道を抜けると,潟湖と地中海が夕日に照らされて広がっていた.反対側の海まで歩くとそちらは内海で港になっている.付近の城壁からはアッコの街が一望でき,こちらも景色が素晴らしい.ここでは地元の悪ガキ中学生二人もタバコを吸いながら景色を眺めていた.悪ガキ達はなぜか俺に話しかけてきて,最終的に飴をくれた.俺は意外に良いやつだったなと通報を思いとどまり,帰路についたのだった.

 

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地中海に面したラグーンが夕日に照らされ美しかった.

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港から海を一望すると視界全体が南国だった.

 

っかく夕方まで北部の町に疎開したというのに,帰宅後の深夜にロケット弾は結局発射された.サイレンが街じゅうに鳴り響き,住民の避難を呼びかける.ガザの方角を向くとイスラエル側の迎撃ミサイルが打ちあがるのが見えた.俺はあまりにイスラエルらしい出来事に興奮して,ロケット弾が迎撃されるまでの動画を撮った.満足してシェルターに行くとアパートの住人がすでに集まっている.扉を開けてくれたインド人が上半身裸だったので,俺は「シャワーを浴びていたのかい?大変だったね.」と話を始めようとするが,「うーん,まあそんな感じ.」と煮え切らない.しばらく考えた俺は,こいつは裸族だと確信して早々に部屋に戻ったのだった.